特集:
2008/06/09 日記<ホンダ・アコード>
ホンダ・アコード
アコード(ACCORD)は、本田技研工業が生産する中型乗用車である。 1985年にホンダ・レジェンド|レジェンドが発売されるまでは、同社のフラグシップ機|フラッグシップであった。 ホンダ・シビック|シビックと同様、横置きエンジンの前輪駆動|FFレイアウトを採用している。更に、このクラスの車種で一度も消滅せずに存在している車種の1つである。
誕生までの経緯
アコードが1.6L 2BOXというコンセプトに決定した背後には、頓挫した大きな計画が存在した。それは、トヨタ・クラウン|クラウン、日産・セドリック|セドリッククラスに投入する2.0L 直列6気筒 CVCCを搭載したアッパーミドルカー、「653計画」である。初代シビックの大成功で業績が回復し、当時のトヨタ・コロナ|コロナ、日産・ブルーバード|ブルーバードクラスではなく、より大きな高級乗用車の開発を行っていたところが、創業当初から今日まで至りチャレンジ精神旺盛なホンダらしいといえる。しかし、まだ乗用車市場にしっかりとした根を張っておらず、自動車マーケットを闘い始めたばかりだったことが、「653計画」の命運を決することになったが、この車の開発を通じて得た経験と技術が、後にこの計画の受け皿になった「654(初代アコードの開発名)計画」にとっては最も貴重な捨石となった。ボディは4ドアで、スタイルは独立したトランクを設けた台形デザインを採用。丸型4灯を持つフロントマスクの表情や、リアピラーを強く傾斜させたシルエットなどに、後の初代アコードとの近似性を指摘する声もある。そのエクステリア・デザインを担当したのは、初代シビックをはじめ、後に初代アコードや、初代、2代目のホンダ・プレリュード|プレリュードなどのエクステリア・デザインを手がける岩倉信弥(多摩美術大学教授、2004年8月現在)であった。インテリア・デザインは、初代シビックを始め、初代アコードのインテリア・デザインも手がけた大塚紀元である。エンジンは川本信彦が手がけた。全長は当時のプリンス自動車|プリンスG型6気筒よりも12cmもコンパクトで、振動もバランサーシャフトを使用せず、ブロックの剛性配分で乗り切り、小型、軽量、静粛を実現していたという。その先進的なコンポーネンツの新しさもさることながら、最上級車ゆえに装備面でも当時の最先端技術を採用し、エア・コンディショナー|エアコン、パワーステアリング、カットパイルのカーペットの他、現在では当たり前となっているダッシュボードパネルの一体成型技術をものにしていた。しかし、最終生産試作車による海外での走行テストをこなし、金型発注が始まった段階で突如、本社役員会で開発中止の決定が下る。理由は販売網にあった。まだ本格的な四輪販売店を持たず、二輪販売店にて店頭販売するという当時のホンダの販売形態で、高級車の販売はあまりにもリスクが大きすぎた。代わりに、シビックよりも一つ上のクラスの車の開発を計画、それが初代アコードとして日の目をみることとなる。アコード計画には、「653計画」に関わっていたスタッフがほぼ全員が開発に加わり、それまでに得たノウハウが投入された。
歴史
初代 (1976-1981年 SJ/SM型)
1976年5月7日に、1.6Lエンジンを搭載した中型の3ドアハッチバック車として、初代シビックを拡大したようなスタイルで登場。ホンダ・1300|1300→ホンダ・145|145以来の3BOX4ドアセダンは、1977年10月14日に発売された。開発責任者(LPL)はシビックも手がけた木澤博司。シビックから上級クラスの車に買い替えるユーザーの受け皿となる車が存在していなかったことが、開発の理由と言われている。好燃費・低公害車を主眼に設計され、アメリカ合衆国|アメリカ及び日本では、51年排出ガス規制をクリアしたEF型 1.6L 直列4気筒 CVCC SOHC エンジンを搭載した。1978年9月1日には、53年排出ガス規制をクリアしたEK型 1.8L 直列4気筒 CVCC SOHCエンジンを搭載。また、最上級グレード「EX」には、当時の国産車では珍しかった車速感応型パワーステアリングが標準装備され、その後追加された「EX-L」にはパワーウインドーが、1800サルーン「EX-L」にはフルオートエアコンが追加されるなど、「小さな高級車」指向が強かった。(そのため1800サルーンのダッシュボードはトレイのない、アメリカ車的な独自のデザインであった)1979年10月にホンダマチックをOD付(OD-☆-Lの3速セミオートマチックトランスミッション|AT。それまでは☆-Lの2速)に改良。パワーステアリング付のサルーン1800ESを追加。1980年4月25日にはエンジンがCVCC-IIにバージョンアップと同時にサルーンは角目4灯式ヘッドライトに衣換え。パワーアップとラピッド・レスポンスコントロールシステムによるドライバビリティの向上が図られた。また同年7月には初期型以来(エンジンはホンダ・クイント|クイントと同じ90PSのEP型)1.6L(CVCC-II)モデルが復活した。
Image:MHV Honda Accord 02.jpg|セダン(リア)
画像:1976sj1600.JPG|ハッチバック(リア)
2代目 (1981-1985年 SY/SZ/AC/AD型)
1981年9月22日、モデルチェンジ (自動車) |フルモデルチェンジ。搭載エンジンは、EP型 直列4気筒 CVCC II SOHC 1.6LとEK型 直列4気筒 CVCC II SOHC 1.8L。キャッチコピーは「独創のワールド・クオリティ」であった。同時に姉妹車のホンダ・ビガー|ビガーが誕生した。オプションで、前後の荷重変化による車高変化を修正し、2段階の車高変化が可能な「オートレベリングサスペンション」を装着できた。クルーズコントロールは全グレードに装備され、操作スイッチはハンドルに取り付けられた(それまではステアリングコラムに専用のレバーを設置するのが通例であった)。1982年11月3日に、一部変更。ホンダマチックは4速フルオートマチックへ改良された。1983年6月17日にマイナーチェンジ。直列4気筒 CVCC II SOHC マルチバルブ|12Valve クロスフロー エンジン(EY型:1.6L, ES型:1.8L)を新たに採用。日本車初となる4輪アンチロック・ブレーキ・システム|ABSを搭載(当時は4wA.L.B.という略称であった)。1984年5月24日に、1.8L 燃料噴射装置|PGM-FI仕様エンジンが追加された。なお、このエンジンはCVCCでは無い。アメリカでの地位を確立
1982年に、日本車として初めてアメリカ(オハイオ州メアリーズヴィル工場)で、生産されることになった。以来15年間、アメリカでベストセラーの日本車の地位を守り続けた。
画像:Accord82.jpg|前期型(角型4灯の北米仕様)
画像:Honda Accord 4 door sedan UK 1983.jpg|後期型(1983年-1985年)
3代目 (1985-1989年 CA1/2/3型)
1985年6月4日、セダンをフルモデルチェンジ。国内、北米、オーストラリアモデルはリトラクタブル・ヘッドライト採用。ヨーロッパモデルは、セダンが異型4灯式前照灯|ヘッドライトを採用した。搭載エンジンは、新開発の直列4気筒 DOHC 16Valve 1.8L キャブレター#可変ベンチュリ型|CVデュアルキャブ仕様のホンダ・B型エンジン|B18A型と2.0L PGM-FI仕様のB20A型及びSOHC 16Valve 1.8L シングルキャブレター仕様のホンダ・A型エンジン|A18A型で、1987年のマイナーチェンジの際に2.0L シングルキャブレター仕様のA20A型が追加された。(北米はA20A型 キャブ/PGM-FIのみ、オーストラリア、ヨーロッパは、A16A型キャブ、A20A型 キャブ/PGM-FI、B20A型PGM-FI)なお、全てCVCCでは無い。B20A型は、エンジンヘッドだけでなくエンジンブロックもアルミニウム(当時は鉄が一般的)で生産され、エンジン重量あたりの出力効率は当時世界一であった。
サスペンションには、レーシングカーやスポーツカーが採用する、4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンション|ダブルウィッシュボーンを量産車として初めて採用。これ以降の、多くの自動車メーカーのサスペンションデザインに影響を与えた。ボディーデザインはフラッシュサーフェス処理により空力に優れ、抗力|cd値=0.32を達成した。同車は、1985年日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。1985年7月20日、ハッチバックがフルモデルチェンジされ3ドアワゴンのような形になり、ホンダ・アコードエアロデッキ|エアロデッキとサブネームが付けられた。搭載エンジンは、B18A型, B20A型及びA18A型キャブ仕様。ヨーロッパではA20A型 キャブ/PGM-FI仕様が販売された。なお、北米, オーストラリアでは、エアロデッキとは異なったファーストバックタイプの3ドアハッチバック仕様が用意され、エアロデッキは販売されなかった。1987年5月にマイナーチェンジ。大型バンパー、カラードドアミラー、リアコンビネーションランプの意匠変更、B20A型のヘッドカバーの塗装色変更(金→黒)、2.0Lモデルのブレーキローター径の変更、オートマッチクトランスミッションの改良、インテリアトリムの変更、電動格納式ドアミラーの追加等である。1987年7月3日に、ヨーロッパ向けに販売されていた異型2灯式ヘッドライトを装着した、アコードCAの販売を開始。「CA」とは「CONTINENTAL ACCORD」の意味である。なお、欧州市場でも、エアロデッキはリトラクタブルライトを装着し販売された。1988年4月8日に、北米で開発及び生産された、ホンダ・アコードクーペ|アコードクーペ(左ハンドル仕様)の国内販売が開始される。(海外の日本車工場の乗用車を輸入して販売するのは、これが史上初めてである)。搭載エンジンはA20A型 PGM-FI仕様のみ。同時に異型2灯式ヘッドライトのアコードCAにもDOHCエンジン搭載車が追加される。1988年9月の一部変更ではAT車にシフトロックシステムを追加するのと同時にエアコンを標準装備して価格を引き下げたスーパーステージが追加される。*CMキャラクターというのは設けられなかったが、森進一の歌う「SUMMER TIME」が流れる。これは当時、かなりの話題を呼び、演歌以外の歌も歌うのだということを印象づけた。またCM内で「ダブル・ウィッシュボーン・サス」とナレーションを入れるなど機能的な強調がされていた。
4代目 (1989-1993年 CB1/2/3/4型)
キャッチコピーは1990年代をリードする期待を込め「90's ACCORD」として、CMキャラクターにはジェフ・ベックを起用した。ボディバリエーションは、初代から続いていた3ドアハッチバックが廃止され、サッシュドアを用いた4ドアセダンのみのラインナップだったが、後にアメリカ・オハイオ州HAM生産のクーペとワゴンが加わる。スタイルは先代のキープコンセプトだったが、サイズは5ナンバーフルサイズとなり、先代よりも一回り大きくなるも、全高が大きくとられたことによるサスペンションストロークにゆとりが生まれたことにより、乗り心地は大きく向上した。また、バブル期に開発されたことから、ボディには当時、アウディが取り入れ始めた亜鉛メッキ鋼板を広範囲に渡って使用されたほか、室内の内張りの素材も見直され、音がこもりやすいフロアやルーフには新開発のハニカム構造の防音材を採用し、防音のみに限らず、タッチにも気を配った細やかな配慮がされた。また、この代のエポックとして、スタンレー電気と共同開発したマルチフレクター式ヘッドライトが採用され、バルブのみが取り替えられるタイプに変更された。エンジンはアルミ合金製ブロックを採用した新開発のホンダ・F型エンジン|F型に変更。全車4バルブヘッドを持ち、1.8LはSOHC 電子制御キャブレター仕様のみ、2.0LはDOHC/SOHC 電子制御インジョクション仕様とSOHC 電子制御キャブレター仕様のラインナップだったが、後にHAM産のワゴン、セダン及びクーペ用の2.2L SOHC 電子制御インジョクション仕様が追加される。ミッションは、全グレードともに特徴的な7ポジションの4段ATと5段MTが用意されたが、2.0L SOHC仕様とアメリカ産のクーペ、ワゴンは4段ATのみだった。ATはホンダ内製のもので、国産他社が採用していない二軸式と呼ばれるものだったが、変速ショックはやや大きなものであった。メインマーケットのアメリカではフォード・トーラスを抑えて、3年連続して全米トップセールスを記録するほどの大ヒットだったが、対照的に国内マーケットでは振るわなかった。年表
欧州仕様
全体的に地味なイメージしか残らなかった4代目だが、この代は欧州仕様が、1995年からホンダUKによりイギリスツーリングカー選手権(BTCC)への参戦を果たしている。ボルボやルノー、ヴォクスホール (自動車)|ヴォクソールなどの強豪がしのぎを削る中、序盤は低迷したものの、熟成が進むにつれ次第に上位に食い込むような活躍をみせるようになり、全日本ツーリングカー選手権 (1994年-1998年)|JTCC仕様のエンジンを得た1997年には待望の初優勝を飾っている。日本のアスコット・イノーバがハードトップであったのに対し、欧州アコードはサッシュドアを採用したごくオーソドックスなセダンであったというのはあまり知られていない。ローバー・600は欧州アコードをベースにしていた。
Image:Honda Accord front 20080205.jpg|欧州仕様(ホンダ・アスコットイノーバ|アスコットイノーバのベース、フロント)
Image:Honda Accord rear 20080205.jpg|欧州仕様(リア)
5代目 (1993-1997年 CD3/4/5/6型)
キャッチフレーズは、「爽快アコード」(前期)、「ずっとコレがほしかった。アコード」「ACCORD SPIRIT」(後期)。このモデルはメインマーケットのアメリカを強く意識した設計がなされるとともに、厳しくなりつつあった衝突安全基準MVSSの影響を受けて全車3ナンバーボディとなる(全幅1,760mm)。いすゞ自動車へいすゞ・アスカ|アスカとしてOEM供給がされる(6代目アコードまで継続)。なお、欧州ではアスコット・イノーバベースのセダンが引き続き販売された。ボディラインナップは4ドアセダンに加え、後にアメリカHAM産の2ドアクーペと5ドアワゴンが加わる。スタイルはオーソドックスな先代から、ゆとりのある全幅を活かした抑揚のあるショルダーラインを効いたものに変わったが、全長は先代よりもわずかに短く抑えられている。対照的に室内空間は先代とさして変わりはなく、アメリカの側面衝突安全基準に憂慮した部分が垣間みられる。エンジンは全機種、電子制御インジョクション化がなされ、トルク、パワーともに向上。排気量別に1.8L SOHC、2.0L SOHCのほか、主力モデルの2.2L F22B型 SOHC 、スポーツグレード用のホンダ・H型エンジン|H22A型 2.2L DOHC がラインナップされ、2.2LのみVTEC化が施される。この他、アメリカ・オーストラリア仕様には、初代レジェンド用のホンダ・C型エンジン|C27A型 2.7L SOHC V型6気筒もラインナップされる。アメリカ市場のニーズを反映させたつくりのために国内での売れ行きを心配したホンダは、5ナンバーのアスコット/ホンダ・ラファーガ|ラファーガをデビューさせたが、結果はそれらのモデル以上の販売成績をおさめるとともに、惨敗した先代よりも比較的に堅調な売れ行きを示した。中古市場では先代(4代目)と共に、ドレスアップを好むユーザーの間で人気が高い。また、同車として2度目の「日本・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。年表
モータースポーツ
EG型ホンダ・シビックフェリオ|シビックフェリオに替わり、1996年から1997年まで全日本ツーリングカー選手権 (1994年-1998年)|全日本ツーリングカー選手権 (JTCC) に投入された(2年間で1X, 2X, 2.5X, 3Xという4タイプの車両を投入)。外装は、童夢 (自動車会社)|童夢とムーンクラフトとの競作による空力パーツ(Frスポイラー:童夢、Rrウィング:ムーンクラフト)を装い、エンジンはH22A型を2.0Lに排気量ダウンし、吸排気効率を高めるため、前方吸気、後方排気のリバースヘッドに変更された。シビックよりもゆとりのあるワイドトレッドを武器に、1996年は服部尚貴(ムーンクラフト)が、1997年にはさらに前後ワイドトレッド化したマシン(通称:3X)で中子修(無限)がそれぞれドライバーズチャンピオンを獲得した。また、1997年はTEAM 無限HONDAがチームタイトルを獲得している。
image:HondaMugenAccordRacecar.JPG|1997年JTCCチャンピオンマシン
Castrol無限ACCORD (3X)
6代目 (1997-2002年 CF3/4/5/CL1/3型)
このモデルから世界共通フレキシブルプラットフォームを採用し、地域別に違うボディサイズで生産する方針をとったため、日本仕様は4代目以来の5ナンバーボディが採用されるが、スポーツグレードの「ユーロR」並びにワゴンはフェンダー幅が若干拡げられ3ナンバー登録となる。ボディはサッシュドアを持つ4ドアセダンと5ドアワゴンがラインナップされるが、キーコンセプトの「HONDA DNA」の名のもとに、ボディ剛性は先代よりも大幅に上げられたため、これまでのメインのアメリカ市場に配慮した柔らかい足回りのセットアップから一転、ホンダらしいスポーティな乗り味となった。その反面、そのスタイルは歴代モデルとの関連性が乏しいため、ジャーナリストやファンの間で賛否が分かれた。エンジンはついに全車VTEC化され、F18B型 1.8L SOHC VTEC、F20B型 2.0L SOHC/DOHC VTEC、ユーロR用の2.2L H22A型 DOHC VTECの3種類。ワゴンはオデッセイと同じく、F23A型 2.3L SOHC VTECがラインナップされる。安全装備として、「SiR」にVSAと呼ばれる車両挙動安定化システムを標準装備されるほか、上位グレードのロービームにディスチャージヘッドランプが装備される。ミッションは5段MTと4段ATのラインナップで、スポーティモデルにはSマチック付ATが組み合わせられる。先述の通り、走りに重きを置いたコンセプトのため、先代とは違った購買層から支持され、特に「ユーロR」は現在でも高値で取引されている。ワゴンは先代と同じく、ドレスアップモデルとして、若者に人気を博した。
年表
北米・アジア仕様
アメリカでは乗用車の年間売上のトップ争いの常連である為、北米仕様はキープコンセプトながらも更なる大型化がされ、V6エンジンを搭載するモデルも用意された。また東南アジア市場にも北米仕様をベースにした車種が投入されている。ボディタイプはセダンとクーペの2種類。北米市場で需要が縮小していたワゴンはラインアップから落とされた。4気筒モデルは、カリフォルニアのULEV基準を世界で最初に満たした市販車である。
欧州仕様
日本仕様と比較して幅が広く、長さが短い。生産は英国のスウィンドンの工場で行われた。ボディタイプはセダンと5ドアハッチバックの2種類。エンジンは1.8L、2.0L、2.2Lと2.3L。モデル途中で日本からホンダ・プレリュード|プレリュードタイプS用の2.2Lエンジンを輸入して搭載した「タイプR」と、アコードワゴン用の2.3Lエンジンを搭載した高級志向の「タイプV」がラインアップに加わった。前の代のアコードと同様にイギリス・ツーリングカー選手権に参戦した。
Image:Honda Accord Coupe front 20071009.jpg|欧州仕様クーペ
Image:Honda Accord Coupe rear 20071009.jpg|
7代目 (2002年- CL7/8/9型)
先代同様に一つのプラットフォームをベースに世界のマーケットのニーズに適したモデルを投入するコンセプトに変更はないが、日本仕様はEU版と統合され、5代目以来の3ナンバーボディとなる。全幅は偶然にも5代目と同じとなった。アメリカ仕様は独自のディメンションを持ち、日本市場には後に4代目インスパイアとして登場する。なお、日欧版アコードは、北米ではホンダの高級車ブランド「アキュラ」において、「アキュラ・TSX」として発売されている。CMソングは「カルメン」のアレンジ版が採用されるが、イギリスではテレビコマーシャル(:en:Cog (television commercial)|Cog (英語版))が話題になり、東京放送|TBS系列の情報番組サンデーモーニングにも取り上げられた。ボディタイプは4ドアセダンと5ドアワゴンのラインナップに変更はないものの、前後のオーバーハング、ホイールベースが縮められ、エッジを強調したスタイルはcd値が0.26と空力にも優れ、キーコンセプトの「全身、全域、Hondaイズム」を彷彿とさせるスポーティさが色濃く出たものとなるが、パッケージングの見直しにより、先代はもとより、ゆとりのある全長、ホイールベースをもつ4代目、5代目モデルよりも居住性は大きく向上している。 また、室内装備として、シートの設計も全面的に見直され、運転席にはシュクラ製のランバーサポートが追加され、国内専用として開発された先代にみられない部分も垣間見れる。このモデルのエポックな装備として、HiDS(IHCC(インテリジェントハイウェイクルーズコントロール)・LKAS(レーンキープアシストシステム))がオプションで装備できる。
エンジンはアルミ合金製ブロックは変わらないものの、設計は全面的に改められた前方吸気、後方排気のホンダ・K型エンジンで、全車ツインカムヘッドを持ち、排気量別に2.0LのK20Aと2.4LのK24Aの2種類がラインナップされるが、スポーティグレードの「ユーロR」用のK20Aは高圧縮ヘッドをはじめ、ピストン、クランクなどのパーツの変更により、ピークパワーがアップされている。全タイプともに連続可変バルブタイミング(VTC)を採用したi-VTECを搭載し、全域でフラットで扱いやすいトルク特性となった。さらに、欧州モデルにはホンダ・N型エンジン|N22A 2.2Lのコモンレール式ディーゼルエンジン|ディーゼルターボもラインナップされている(※日本での販売予定は無い)。組み合わせられるトランスミッションは「ユーロR」に6MT、その他のグレードにはSマチック付の5ATが搭載される。また、同車として3度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞(同一車種としては同社のホンダ・シビック|シビックの4回に次ぐ回数)したものの、国内のセダン・ステーションワゴン市場の減少で、現在では平均4〜500台程度の販売台数に留まっている(2008年5月1日現在)。
年表
Image:Honda Accord Mi?dzyzdroje2.JPG|リア
Image:06-07 Acura TSX.jpg|アキュラ・TSX
8代目 (2008年- )
8代目の欧州仕様は、2008年2月11日に同年6月より販売されることが発表され[http://www.honda.co.jp/news/2008/4080211.html]、北米仕様の「アキュラ・TSX」も春より販売されることが発表された。[http://www.honda.co.jp/news/2008/4080212.html]日本では2008年11月頃に販売予定。
共通のプラットフォームを使用する車種
現行車種
過去の車種
車名の由来
トリビア
現在では当たり前となったカーナビゲーションシステムだが、これを世界で始めて具現化し搭載したのがアコードであった。(1982年2代目のオプションとして発表。当時は「ジャイロゲーター」と呼ばれていた)現在主流となっているグローバル・ポジショニング・システム|GPSのような外部からの情報によるものではなく、ガスレートジャイロを利用した慣性航法のようなものであり、地図画面は地図の描かれたフィルムのようなものを直接抜き差しするという原始的なものであったが、当時は飛行機などと違い陸上の移動体である自動車に自車の位置を認知させ、情報化するなどという概念は無く、今日におけるカーナビの必需性や普及ぶりをみると非常に画期的で先見性のある発明品であったといえるだろう。
関連項目
*本田技研工業外部リンク
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